
「お寺での暮らしって、どんな感じなんだろう?」
「毎日忙しくて、特別な生活をしているのかな?」
お寺では、毎年決まった行事が粛々と執り行われています。
そのため、「昔から変わらない日々が流れている」と感じている方が多いと思います。
私がお寺に嫁いでから、33年ほどが経ちました。
その中で、変わらないものもあれば、時代に合わせて変わってきたものもあります。
今回は、そんな「お寺との私の日々」についてお話ししたいと思います。
お寺の暮らしには、「変わらないもの」と「変わってきたもの」がある
その両方を大切にしながら、お寺の日々は続いている
手を合わせることは今も変わらない
仏様に手を合わせること。
仏様にお花を供えること。
一般のご家庭でも大切にされている方が多いこのような習慣は、お寺でももちろん大切にされています。
暮らし方や住まいの形が変わっても、お参りの時に手を合わせることや、仏様にお花をお供えすることは、自然と日々の中にあります。
また、お寺で昔から大切に受け継がれている行事のひとつに「報恩講(ほうおんこう)」があります。
コロナ禍では、檀家さんのご参詣を取りやめた時期もありましたが、それでも寺族だけで「内勤め(うちづとめ)」という形にしながら、報恩講そのものは続けてきました。
人が集まれなくなっても、行事を絶やさない。
その思いは、寺族の中に自然と受け継がれているものなのかもしれません。
・手を合わせること、お花を供えることは今も変わらない
・報恩講などの行事は今も大切に続いている
・形が変わっても、「続ける」という思いは受け継がれている
お寺の日常は少しずつ変わってきた
変わらず受け継がれてきた行事でも、その執り行い方は少しずつ変化してきました。
そのひとつが、先ほどの話にも出てきた報恩講(ほうおんこう)です。
報恩講は、お寺とご縁のある僧侶をお招きし、門徒さんと一緒にお参りをして、僧侶のお話を聞き、みんなで御斎(おとき)をいただく大切な集まりです。
昔は多くのお寺で、何日も前から御斎の準備をしていました。
御斎とは会食、食事会のこと
何日も前からお漬物などの仕込みを始め、当日は朝から台所に立ち続ける。
寺族にとっては慌ただしい行事ですが、1年に1度、門徒さんみんなが顔を合わす、お正月やお盆のような日で、「喜んでいただけたら」という思いで準備をしていました。
しかし近年は、暑さや気候の変化によって、食品の管理にこれまで以上の配慮が必要になりました。
食中毒のリスクを考え、安心してお参りいただくためにも、今ではお弁当を注文する形へ変わっています。
また、坊守が着物を着て僧侶をお迎えすることも、当たり前のように続いていた光景でした。
しかし、働きながらお寺を支える坊守も増え、以前のように着物で1日動くことも少なくなりました。
さらに、経営的な事情もあり、お招きする僧侶の人数を見直すお寺、コロナ禍をきっかけに、寺族だけで行う「内勤め」の形を続けているお寺などもあります。
以前と同じ形ではなくなった部分は確かにありますが、そのことを私は、後ろ向きな変化だとは思っていません。
無理を重ねて続かなくなるよりも、時代に合わせながら、これからも続けていくことの方が大切だと思っています。
来客時のお茶をペットボトルにしたり、本堂の掃除をルンバに任せたり。
昔のイメージとは違うかもしれませんが、便利なものを取り入れながら、お寺の日常も少しずつ変わっています。
「昔と同じようにできなくなった」のではなく、
「これからも続けていくために変わってきた」。
私はそんなふうに感じています。
内勤め(うちづとめ):檀家さんを招かず、寺族だけでお勤めをすること
・行事の「形」は時代に合わせて変えていい
・安全面や生活の変化も大切な判断基準
・大切なのは行事を「続けること」
これからのお寺との暮らし
便利なものを取り入れ、暮らしの形が変わっても、檀家さんとのつながりを大切に思う気持ちは、寺族の中に変わらずにあります。
その心を、次の代へしっかり伝えていけたら。
形が少し変わっても、お寺は続いていけるものなのだと思います。
お寺は、特別な人だけの場所ではありません。
日常の中で悩みながら、工夫しながら、日々を重ねていく。
その中に、少しだけ「手を合わせる時間」がある。
それがお寺の暮らしです。
以前、『定年後はお寺が居場所』という本のタイトルを見かけたことがあります。
昔からお寺は、法事や行事の時だけではなく、誰かがふっと立ち寄れる場所だったのです。
子どもから高齢の方まで、誰にとっても開かれた場所。
そんな居場所として、お寺がこれからも地域にあり続けたらいいなと思っています。
形は変わってもいい。
でも、手を合わせる心や、人とのつながりは変わらない。
・便利なものを取り入れることは悪いことではない
・大切なのは、人とのつながりを守ること
・「続けられる形」に変えていくことも、お寺を守ること
まとめ
お寺は、特別な世界の中にある場所ではありません。
日々の暮らしの中にあり、時代に合わせて変化しながら続いていく場所です。
一般のご家庭と同じように悩み、工夫しながら生活し、その中で少しだけ「手を合わせる時間」がちゃんとある。
それがお寺の日々なのだと思います。
もしこれからお寺とのご縁がある方が、この連載を読んで、
「思っていたより、普通の暮らしなんだな」
「少し安心した」
そんなふうに感じてくださったなら、とても嬉しく思います。
お寺は特別な場所ではなく、暮らしの延長にある場所
- 変わるものがあってもいい
- 変わらずに大切にしたいものを持ちながら、お寺の日々はこれからも続いていく
👉この記事のポイント
【お寺との暮らし ~はじめてのあなたへ~】のシリーズを読んでいただき、ありがとうございました。
お寺の生活については、外からはなかなか見えない部分も多いのではないかと思い、このシリーズを書き始めました。
もっとお寺を身近に感じていただけたら。
そんな思いで、お寺での暮らしや寺族の日常について綴ってきました。
寺族も、収入のこと、住まいのこと、後継者のことなど、さまざまな悩みを抱えながら生活しています。
時代とともに変わっていくこともありますが、手を合わせること、人とのつながりを大切に思う気持ちは、これからも受け継がれていってほしいと思っています。
門徒さんをはじめ、お寺同士のつながりもさらに深めながら、それぞれのお寺が無理なく長く続いていくことを願っています。
まだまだ、寺族の方に知っておいていただきたいことや、お寺の日々の中で感じていることがあります。
これからも少しずつ発信していけたらと思っています。

